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民族と金

「虱なんか、たけてくると傍(はた)迷惑だよ、

第一着物が臭くなるから、あんな家へいかない方がいゝよ」
「お前が、彼邊の貧乏屋で、かけたお碗でけんちん汁か何か食べてた姿[#底本では「婆」と誤記]を見たものがあるか? もしあればその人はそれつきりお前に愛想を盡かしてるぜ、まるで乞食の子だ、俺なんか沁々[#底本では「泌々」と誤記]お前が厭んなつちやつたぜ‥‥‥」
「夕方になると彼處の乞食婆がね、×ちやんに逢ひたくつて、×ちやんの家の前を幾度も往き來してんだよ、まるで偸人(ぬすつと)みたいな婆あだつて、ほんとかい?」
 皆の揶揄が小さい私の心を寸斷した。
 夕方私が家の窓から往來を覗くと、祖母が向ふの油倉の蔭にかくれて手招ぎをしてゐた。
 私は彼方を見、此方を見ながら、祖母の傍へ駈け寄つていつた。
 始終蜆の貝のやうに爛れてゐる眼のそばへ、くつつけるやうに茶の毛糸の巾着を持つていつて、その中から銅貨を二つ三つつまみ出して私の手のひらに載せた。
 祖母は祖母で村の人の使ひや洗濯をして、僅かな金を得てゐるのだつた。
 それから祖母は、毎日毎日來て、お小遣を置いていつた。私はその祖母の血滴のやうな錢で、家から禁じられてる駄菓子の買啖ひをして、小さい慾望を滿足さした。
 毎晩十二時になると、私は急に夜具を蹴上げて飛び起きた。
「わあつ!」といふ叫びを擧げながら、あらゆる障害物を飛び踰えて、往來へと突進した。危ぶない! 危ぶない!家の者や近所の者は、何處まで駈け出してゆくか解らない私を抱き止めて、また寢床の中へ連れ戻した。私は何にも意識しないで、その儘靜かな眠りを續けるのだつた。
 私はいつも覺めてゐる時も寢てゐる時も、乳母や乳弟妹(ちきやうだい)に呼びかけられてゐるやうで少しもおちつかなかつた。始めは僅かな養育料の爲に繋がれた私達だつたが、とうとう切り放せない一つのものになつてしまつたのだつた。
 そして彼の家の赤貧は、少さい私の重荷になつて、一層私を貧に對して神經質にした。
by tribalmoney | 2005-11-12 16:37 | 腐敗
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