民族と金

2005年 11月 09日 ( 1 )

私はこの突發事件が何であろうかを

知る爲に熱心に群衆の會話を聽いてゐた。
 さうしてゐる中に、私は必ず何處かで、これと同樣の事件、寸分違はない出來事に遭遇した事があるやうに思へて來た。
 何處かで! 確に何處かで! 遠い過去だつたか、夢の中にだつたか‥‥‥
 然しそれは私の混迷でも錯覺でもない。
 鐵骨の上に横へられた足、あれは昔若かつた父の、農村から都會へと、勞働と幸福を[#底本では「農村から都會へ勞働へと幸福を」と誤記]求めていつた、煉獄の姿としての、私の心の壁畫だつたから‥‥‥

 私は眠つてゐるのか覺めてゐるのか?
 頭の上で鋲締機が鳴りつゞける。
 鉛色の蹠が二つ、私の網膜に貼りついてゐる。氣味の惡い、象形文字のやうな指紋がある。黒い傷痕がある。深い溝がある。
 黒い夢だ! 黒い夢だ!何てピストルの銃口を覗くやうな油臭い夢だろう――私は夢から遁れやうと足掻いた。

 そこは平原の黎明だつた。
 父と母と規則正しい足取りで、影繪のやうに、紫色の線上を歩いてゆく。
 彼等は蝸牛のやうに小さな自作農だつた。
 私は祖母の背中に蝉みたいに喰つ着いて、大きい土瓶と一緒に隨いてゆく。野良へ――
 露に濡れた玉蜀黍の葉ばかり、夜會服の貴婦人みたいに、さらさらさら‥‥‥とそよぐ。
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by tribalmoney | 2005-11-09 16:36 | 不敗