民族と金

2005年 11月 14日 ( 1 )

 葬式の日に子供等の母は、何處からか歸つて來た。

口紅を眞ッ赤につけて、大きいお腹をして歸つて來た。尤も彼女のは地腹だつたかも知れない。何時も骨盤の上で腰紐がその膨脹をやつと支えてゐるやうな腹部と、河童のやうな子供達と、その生活の切なさを見ると、私は何か底の知れない不安を感じさせられた。醜い腫瘤にさへも見えた。
 地獄で天國の話をするやうに彼女は都會の生活を喋つて歩いた。それも場末の下宿屋か何かを中心にしての都會生活だつた。
 都會では少しの智慧と猾ささへ持ち合せれば、自動車も電車も無料で乘り廻せて、芝居でも活動でも常に見られて、男は口頭で女は媚で、何時でも生活が樂にできる‥‥‥と。
 あゝ私のマドンナは一度都會を見てくるとすつかり墮落した精神を持つて歸つた。
 父は祖母が死んでから仕事にも出ないで、毎日鬱ぎ込んでゐた。この頃は窪んだ眼の下で、赧い頬骨が莫迦に險惡に光つてた。
「俺にも少し文句がある※[#「※」は「!!」、第3水準1-8-75、89-15]」
 胡坐を組んで空間を睨めながら時々、火を吐くやうな勢ひでこういつてゐたが、生れつき無口な素直な彼は、それ以外何にも口に出さなかつた。
 雨が降り續いて、子供が遊びに倦きてくると、彼は疊の上に仰向けに寢て、兩方の蹠の上に私を載せて、上げたり垂げたりシーソーの代りになつて根氣よく遊んでくれた。彼は若いやさしい父だつた。
「お父つあん、お前がこの土地を見切つて東京へ行ぐ氣にさなれば、子供等もおら[#「おら」に傍点]もどんなに助かるか知れやしねえ。お前が出てくりや直ぐにでも××工場へ入れるやうにしといてやると×さんもいつてるでなえか、それに彼處は仕事も樂だし社宅もくれべえつて話だに‥‥‥」
 彼女は幾度も寡默な夫を唆してゐた。そして間もなく、夫や子供達をひつ浚ふやうにして東京へいつてしまつた。その後、私は一度も彼等育てゝくれた親にも乳きやうだいにも逢はない。やつぱり彼等は煉獄から煉獄への道を踏み迷つてゐるだろう。
[PR]
by tribalmoney | 2005-11-14 16:38 | 不敗